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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1813号 判決

第一 原審からの請求について

一 控訴人が本件特許権を有すること、本件特許明細書の特許請求の範囲第一項及び第三項の記載が控訴人主張のとおりであること、本件特許発明のうち本件特許第一発明が本件特許第一物質の製造方法に関するものであり、本件特許第三発明が本件特許第三物質の製造方法に関するものであること、被控訴人広栄化学が業としてナリジクス酸の名称で本件薬品を製造販売し、かつ被控訴人住友化学に販売しようとし、また被控訴人住友化学が業としてこれを販売しようとしていることは当事者間に争いがない。

二 そこで、まず本件薬品は本件特許第一及び第三発明の方法により製造される物質に含まれるかどうかについて検討する。

1(一) 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法第七〇条)ものであり、その趣旨は、右の記載は発明の構成に欠くことができない事項のみについてなされているはずであるから(同法第三六条第五項)、まず特許請求の範囲の記載のみによつて判断されるべきことを意味し、これにより発明の技術的範囲が画されるが、右記載だけではその内容が客観的、一義的に明白でない場合にはじめて、明細書の発明の詳細な説明の項に記載された事項等をも参酌して判断されるべきことになる。

(二) ところで、前記のように当事者間に争いがない本件特許明細書の特許請求の範囲第一項の記載によれば、本件特許第一発明の目的物質は、ナフチリジン核の1位の置換基が式―Y―Z〔ただしYは飽和原子を介して環の窒素原子に結合しておりかつ一ないし一〇個の炭素原子を有する二価の脂肪族炭化水素基であり、Zは水素、ヒドロキシ、ハロ、カルボキシ、シアノ、低級アルコキシ、低級ベンジルオキシ、低級二級アミノ、低級ジアルキルアミノ、低級シクロアルキル、フエニル(未置換またはハロゲン置換)、ナフチルまたは3―X―4―オキソ―1,8―ナフチリジニル基(ただしXはカルボキシまたはカルブアルコキシ基)〕で表わされる有機基であり、3位の置換基Xがカルボキシまたはカルブアルコキシ基であるところの、「1―置換―3―X―4―オキソ―1,8―ナフチリジン」なるものであり、同じく特許請求の範囲第三項の記載によれば、本件特許第三発明の目的物質は、ナフチリジン核の1位の置換基が式―Y―Z〔ただしYは飽和炭素原子を介して環の窒素原子に結合しておりかつ一ないし一〇個の炭素原子を有する二価の脂肪族炭化水素基であり、Zは水素、ヒドロキシ、ハロ、カルボキシ、シアノ、低級アルコキシ、低級ベンジルオキシ、低級二級アミノ、低級ジアルキルアミノ、低級シクロアルキル、フエニル(未置換またはハロゲン置換)、ナフチルまたは3―カルボキシ―4―オキソ―1,8―ナフチリジニル基〕で表わされる有機基であるところの、「1―置換―3―カルボキシ―4―オキソ―1,8―ナフチリジン」なるものであり、いずれも、以上の記載のほかに特許請求の範囲に構造式や文章による目的物質表示はない。

(三) そこで、右特許請求の範囲の記載から本件特許第一及び第三発明の目的物質は客観的、一義的に明白でないといえるかどうかについて検討する。

(1) 国際純粋応用化学連合(IUPAC)による有機化合物命名法では、1,8―ナフチリジンとは、

<省略>

式で表わされる特定の単一化合物について認められた慣用名であるとされており、ただ、1,8―ナフチリジンの骨格を共通にもつ他の化合物(1,8―ナフチリジン誘導体)の名称を組立てる基本としての用語にも使われるが、その場合は、例えば4―ヒドロキシ―1,8―ナフチリジンのように置換基の名ヒドロキシをその位置表示4と共に接頭語4―ヒドロキシとして、1,8―ナフチリジンなる語につけるのが通例である(このことは弁論の全趣旨により認められる。)。

そうすると、特段の事情の認められない限り、本件特許第一発明の目的物質は、1,8―ナフチリジンを基本骨格とし、その1位、3位及び4位には置換基を有し、1位の置換基は式―Y―Z(Y及びZは前記のとおり)で表わされる有機基であり、3位の置換基はX(Xは前記のとおり)で表わされる有機基であり、4位の置換基がオキソである化学物質で構造式で表わせば、

<省略>

というものであり、また本件特許第三発明の目的物質は、1,8―ナフチリジンを基本骨格とし、その1位、3位、及び4位には置換基を有し、1位の置換基は式―Y―Z(Y及びZは前記のとおり)で表わされる有機基であり、3位の置換基はカルボキシ基、4位の置換基はオキソである化学物質で、構造式で表わせば、

<省略>

というものであることは、特許請求の範囲の記載自体から明確であるということができる。

(2) ところが、控訴人は、本件特許第一物質及び本件特許第三物質を示すため特許請求の範囲のような表現を当業者が用いる場合、具体的事案に応じて、2、5、6及び7の任意の位置に任意の置換基を含む場合と、2、5、6、7位には水素のみが結合している場合とがあり、いずれの意味であるかはその場合に応じて判断すべき事柄であると主張し、種種の証拠を提出しているので、本件特許第一物質及び本件特許第三物質が特許請求の範囲の記載自体から明確であるということを妨げるに足る特段の事情があるかどうかについて順次吟味することとする。

ⅰ 成立に争いのない甲第三一号証の一ないし三によれば、「ヘテロサイクリツクコンパウンド第七巻」には、

<省略>

の構造式を有する化合物の名称が「3―カルボエトキシ―4―ヒドロキシ―1,8―ナフチリジン」と記述されている(ほか二例についても同様な記述がある。)ことが認められるけれども、同号証は文章(名称)と構造式とが相俟つて化合物を表示している点で、文章のみによつて化合物表示をしている本件特許明細書の特許請求の範囲の記載とは異なるものであり、またその「―1,8―ナフチリジン」の部分は前記のようにナフチリジンの骨格を表わすにすぎないから、構造式と離れてそこに記載されている「3―カルボエトキシ―4―ヒドロキシ―1,8―ナフチリジン」という表現のみで当然置換基Rを有する化合物を含むことを表わしているとは到底いえない。

また、成立に争いのない甲第五号証によれば、「大有機化学16」には、「1,8―ナフチリジンは1,5―ナフチリジンに似ている。……」という記載及びこれに続いてナフチリジン核の置換基の反応についての記載があることが認められるけれども、この場合、その著者が「1,8―ナフチリジン」を1,8―ナフチリジン化合物群を指す意味で用いたにせよ、それは説明の便宜からそうしたにすぎないと考えられ、1,8―ナフチリジンが化学用語として一般に右化合物群の一般的総称であることを示しているものとは認められない。かえつて、成立に争いのない乙第一、二号証によれば、1,8―ナフチリジンは98~99度Cの融点を有し、構造式

<省略>

分子式C8H6N2で表わされる特定の単一化合物の名称であることが認められる。

ⅱ さらに、控訴人は、1,8―ナフチリジンのような複素環化合物においては、国際純粋応用化学連合(IUPAC)によつて化合物命名法がきめられた現在でも、1,8―ナフチリジン、ピリジン等の慣用名の使用が認められていると主張するけれども、1,8―ナフチリジンは、IUPACの化合物命名法そのものにおいて特定の単一化合物について承認された慣用名であるか、誘導体の名称を組立てる基本として使用される用語かのいずれかであつて、その誘導体を含む化合物群の総称でないことは前に述べたとおりである。

控訴人は、日本語では名詞の単数、複数の区別が不明確であるためナフチリジンもナフチリジン類も同一の「ナフチリジン」で表現されることが多く、それがどちらを指すかは、前後の文意によつて判断しなければならないと主張するけれども、日本語においても、類、群、各、等などの語を用いて単数表現と複数表現とを正しく使い分けることができるのであり、必然的に右主張のように解すべきものとは思われず、成立に争いのない甲第二号証(特許出願公告公報)によれば、控訴人自身本件特許明細書の発明の詳細な説明の項では、ナフチリジンの化合物群を表わす場合は「ナフチリジン類」という表現を用いている(一頁左欄末行)ことが認められるのであり、控訴人の右主張は採用できない。

ⅲ 成立に争いのない甲第六ないし第八号証は、いずれも特許請求の範囲の記述に関するものではないのみならず、それぞれ「フエノール」、「イソキサゾール」、「ピラゾール」に関するものであつて、1,8―ナフチリジンに関するものではなく、かついずれも構造式を示して説明しているから、右記述は、1,8―ナフチリジンの用語を化合物群の総称的概念を表わすものであると認めしめるに足りない。

ⅳ また、成立に争いのない甲第二八号証に記載されている鑑定意見は、一般化学文献ないし講学上はともかく、特許請求の範囲の記載について採用すべきでないことは被控訴人らの主張のとおりである。

ⅴ さらに、控訴人は特許公報中の特許請求の範囲の記載において、置換基の存在を示す文言を省略した表示方法で化合物群を総称的に呼称している例が多いとして甲第九、一〇号証、同第三二ないし第四五号証(いずれも特許公報)を提出しているが、これらの証拠によれば、これらの特許公報の特許請求の範囲においても、その目的物質がすべて名称のほかに一般式をもつて明示され、置換基を有するものは、その位置及び種類が明確に規定されていることが認められるから、特許請求の範囲において目的物質をその名称のみをもつて表示している本件の場合とは事情を異にするといわざるをえず、これらの証拠をもつてしても、特許公報中の特許請求の範囲の記載において置換基の存在を示す文言を省略した表示方法で化合物群を総称的に呼称したり、ある種の化合物について呼称を簡略化したりする例が多いとは認め難い。

ほかに右の点を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件特許第一、第三の発明において、2、5、6、7の位置の置換基が存在するならば、その位置と基名を前記通例の方法によつて表示するか、構造式(一般式)及び文章をもつて表示すべきであり、それは十分可能であつたはずである。

以上のとおりであるから、本件特許第一物質及び第三物質の特定が特許請求の範囲の記載自体から明確であるということを妨げるに足る事情は認められないといつて差支えない。

(3) したがつて、本件特許第一発明及び第三発明の目的物質は、(1)記載のとおりのものにほかならず、1,8―ナフチリジンの2位、5位、6位及び7位のいずれにも水素のみが結合し、置換基を有しない化合物であることは特許請求の範囲の記載から一義的に明白であり、それゆえ、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することはできないといわざるをえない。

(四) ところで、前記甲第二号証によれば、本件特許明細書の発明の詳細な説明の項には、本件発明の目的物質の有利な一例として、式1

<省略>

が示され、Qは水素あるいはナフチリジン核の2、5、6及び7の位置に置換している一ないし四個の低分子量置換基を表わすとし、置換基の例示として低級アルキル基ほか三十数種の基が記載されており(公報一頁左欄末行ないし二頁左欄二行目)、次いで挙げられた合計五九の実施例(ただし、本件特許第一、第三発明以外に関するものを含む。)における目的物質はすべて1,8―ナフチリジン核の7位の位置に何らかの置換基を有しており、5位(二例)、6位(六例)の位置にも置換基を有するものがあり、右五九例中の三九例は7位の位置にメチル基を有していることが認められるから、本件特許第一発明及び第三発明を前記のように解すると、発明の詳細な説明の項における式IのQの説明がほとんど無意味となり(もつともQが水素の場合もあるから、右二発明の特許請求の範囲はQに抵触せず、その一場合となる。)、また、本件特許第一発明及び第三発明の実施例が一つも示されていないことになる。しかしながら、このような結果を招いた経緯は、原判決理由中、同判決書22丁表3行目「本件特許明細書…………」から25丁表9行目に記載されているとおりであるから、右記載をここに引用する。

そして、特許発明について、ある事項が実施例に記載してあるからといつて特許請求の範囲に記載していない事項が権利範囲に含まれるものとならないことは多言を要しないところであり、また前記の経緯からすると、特許出願人たる控訴人は終始ナフチリジン核の2、5、6及び7の位置の任意の置換基Qを有する1,8―ナフチリジン化合物ないしナフチリジン核の7の位置にメチル基等を有する1,8―ナフチリジン化合物の製造方法につき特許権の付与を求める主観的意図を有していたと推認しえないではないけれども、本来客観的であるべき特許発明の技術的範囲の認定にあたり、少なくとも本件のように、前示理由で、特許請求の範囲の記載からその内容が一義的に明白であると認められる場合に、出願人の主観的意図や特許庁の見解などを参酌して権利範囲を定めることはできない。

2 他方、被控訴人らの本件薬品は、ナリジクス酸の名称を有する1―エチル―7―メチル―4―オキソ―1,8―ナフチリジン―3カルボン酸で

<省略>

の構造式を有するものであることは当事者間に争いがない。

3 そうすると、本件特許第一発明及び第三発明の目的物質は、1,8―ナフチリジンの2位、5位、6位及び7位のいずれの位置にも置換基を有しない化合物であるのに対し、本件薬品は、1,8―ナフチリジンの7位の位置にメチル基を有する化合物であるから、本件特許第一発明及び第三発明のいずれの目的物質にも包含されないといわなければならない。

三 よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件について特許法第一〇四条の推定規定を適用する余地はなく、その他、本件薬品が本件特許第一発明及び第三発明の方法によつて製造されたものであることを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の原審からの請求は理由がなく、本件控訴は理由がない。

第二 当審において追加した請求について

一 被控訴人らは、本件請求追加申立てを時機に遅れた攻撃方法であるとして申立ての却下を求めているが、右請求追加自体は攻撃方法の提出ではなくて訴えの追加的変更にあたることは明白であるから、攻撃または防禦方法に関する民事訴訟法第一三九条の規定の適用は受けないけれども、同法第二三二条第一項但書の制限に服することになると解すべきである。被控訴人ら主張の趣旨も実質的にはそこにあると思われる。

そこでこの見地から検討するのに、本件請求追加申立書は原審からの請求について審理が終盤に近づいた昭和五三年一二月二一日に当審裁判所に提出され、昭和五四年二月二二日の第九回口頭弁論期日に陳述されたことは本件訴訟の経過に照らして明らかである。けれども、前記のように本件薬品が本件特許第一発明及び第三発明の方法によつて製造されていると認めることができない以上、新たに追加された金員請求についても格別の審理を要しないことは見易い道理であるから、右請求の追加申立てが著しい訴訟遅延を招くとはいえない。

したがつて、本件請求追加申立ては適法である。

二 そこで、追加された金員請求(不当利得返還請求及び損害賠償請求)の当否について判断するのに、右各請求は被控訴人らが控訴人の本件特許権を侵害していることを前提としているところ、右前提が成り立たないものであることはすでに述べたとおりであるから、右各請求はいずれも理由がないことは明らかであり、棄却を免れない。

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